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古き因習と現代との狭間で揺れ動く家族の愛の物語。 都会の忘れられた、映画館、倉庫、ビルの地下などに、昔懐かしいセットを組み、虐げられた人達のドラマを展開する劇団桟敷童子。昨今の芝居がソフィスティケートされつつある中でアングラの臭いを漂わせ、圧倒的なパワーのなかにロマンと愛を感じさせる作風は、これからの演劇界に新風を吹き込むことは間違いない。東憲司の描く世界は、彼が生まれ育った福岡の原風景が大きな影響を与えている。人間社会を高いところから見るのではなく、地を這う低い視線で優しく包み込むように観察していく作風が、観客を一気にロマンティシズムの世界へと巻き込んで行く。

新妻聖子      高橋長英      冨樫真
◆高橋長英
俳優座養成所(15期生)を卒業後、数多くの舞台で活躍する。その後は映像の世界にも活躍の幅を広げ、映画では藤田敏八監督「八月はエロスの匂い」、伊丹十三監督「マルサの女」「大病人」「静かな生活」、相米慎二監督「風花」など数多くの話題作に出演。また、その独特の声を活かし、CMナレーションやラジオにも出演。最近の主な舞台では、作・マキノノゾミ/演出・鈴木裕美「高き彼物」、トム・プロジェクト「帰郷」、新国立劇場「花咲く港」、こまつ座「小林一茶」、兵庫県立芸術文化センター「獅子を飼う‐利休と秀吉」などがある。深海のある演技も高く、毎年数多くの作品に出演している。
◆新妻聖子オフィシャルサイト
愛知県出身の25歳。上智大学在学中にTBS「王様のブランチ」でレポーターとして芸能活動を開始。2003年には5000倍のオーディションを勝ち抜き、東宝ミュージカル「レ・ミゼラブル」のヒロイン・エポニーヌ役で初舞台。二作目の舞台出演は帝国劇場で4ヶ月のロングランとなった超大作ミュージカル「ミス・サイゴン」。ヒロインのキム役を松たか子らと交互に演じ、圧倒的な歌唱力で絶賛を得た。ストレートプレイ初出演は2005年の「サド侯爵夫人」タイトル・ロール。サド侯爵夫人役の熱演で第31回菊田一夫演劇賞を受賞。今最も注目されている若手女優である。
◆冨樫真
宮城県仙台市出身。舞台では、野田秀樹、木村光一、佐藤信などの作品に多数出演。蜷川幸雄演出「十二夜」で出演ヴァイオラ役を演じる。主な出演作には、世田谷パブリックシアター「リア王の悲劇」、トム・プロジェクト「子供騙し」「カラフト伯父さん」「夕空晴れて」など。また映画では、98年「犬、走る」(崔洋一監督)でヒロインを演じ、高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞。その後、「閉じる日」(行定勲監督)で主演を務め、「マブイの旅」(出馬康成監督)でヒロインを演じている。
作・演出/東 憲司劇団桟敷童子
福岡県出身。1988年に木冬社に入団。その後1990年より9年間新宿梁山泊に在籍。1999年、「劇団桟敷童子」を旗揚げ。劇団代表でありながら、演出とサジキドウジのペンネームで戯曲も手がける。その作品の多くは、出身地である福岡で実際に起こった事件と、自らの少年時代を背景に、自分の過去や社会に対して傷を持つ者が、その出来事に対面し、それでも生きていくという普遍的なテーマを持っている。ウェットな作風でありながら、ラストにはダイナミックな大仕掛けの演出により「生」への渇望みなぎる力強い東の作品は、世代を超えて幅広い支持を受けている。また、「しゃんしゃん影法師」(2004年)、「風来坊雷神屋敷」(2005年)は2年連続で岸田國士戯曲賞の最終候補にあがるなど、劇作家としても今後の活躍が期待されている。
■ 虐げられた人々が集う湾岸の長屋、いけにえの風習が残る村―。劇団桟敷童子を率いる東憲司が描き出すのは、この世とあの世の境目のような、霊気漂う場所での濃厚なドラマ。初めて劇団外で作、演出した舞台も同様だ。 薫(冨樫真)は、18年ぶりに故郷の村に帰って来た。失跡した妹の栞(新妻聖子)を捜すためだ。その村には「骨唄」とともに語られる風習があった。海を見下ろす山に死者を土葬して風車を差し、掘り出した骨に彫刻を施す。薫は、そんな村の不気味さと、身勝手な彫り物師の父親(高橋長英)を嫌って村を出た。 東戯曲に珍しく舞台は現代で、薫と父親の歯に衣着せぬ言い合いで相当笑わせる。最初に腹を抱えたのは、薫が久々に帰った実家で「何かいる!」と腰を抜かす場面。その正体はオーストラリアの巨大鳥、エミュウ。村おこしで作られた「エミュウの里」から逃げ出したというのだ。 エミュウは象徴的な意味を持つ。地域の風習や伝統を破壊する乱開発の一例。故郷や血縁などから離された現代人のイメージとも重なる。東の視点は、様々な「失われた絆」に向く。薫と再会した栞は奇行を重ね、「風車を千本飾れば蜃気楼が現れ、悲しみから解放される」という伝承を信じていた。彼女は果たして正気なのか。 栞は一見、心を病んでいるように思えるが、無数の白い風車を配した空間の中で見ると印象は違う。熱演する新妻は、地霊が宿る土地が失われていく苦渋を訴えているかのようだ。同時に冨樫と高橋の息の合った掛け合いは、反発しながらも、心の奥底で分かり合うという肉親の絆の強さを印象づけた。様々な象徴性や空間のインパクト、役者の演技の相乗効果で心に響く舞台となった。
(2006年8月9日 読売新聞 祐成秀樹)

■新作の『骨唄…骨、咲キ乱レテ風車<カザグルマで、フウシャではない>』は、若い劇団の桟敷童子を代表する東憲司を作・演出家として迎え、実験的な舞台の拠点吉祥寺シアターでの上演。私にはこの作家は初めてだが、作品を十全に生かした演出・舞台美術の実力に、まずは魅かれる。とくに黒白で統一した装置全体に生半可でない数の白いかざぐるまが仕込まれ、最後などカタコトとうなりながらいっせいに白色光を浴びて回りだす(同時に吹き散る蜃気楼からという桜吹雪は、いささかありきたりだが)フィナーレの構築の仕方など、伝統的でもあり老練だ。霊魂を暗示する古い玩具が、なにか遠い昔への感情を蘇らせる。
(テアトロ 2006年10月号 斎藤偕子)抜粋

■ 劇団桟敷童子の座付き作者、東憲司が、はじめて外部、トム・プロジェクトに「骨唄――骨、咲キ乱レテ風車」を書きおろした。演出と美術も兼ねる。 劇団事情もあってか、桟敷童子公演には大人数が登場する。が、これは初顔合わせの俳優3人だけの舞台だ。東にとって新鮮な体験だったに違いないが、それならいっそもう一歩踏み込んで、演出も他人に任せたらどうだったろう。何もかもを一人で背負い込むのがいつもいいとは限らず、わけても唐十郎の影響を思わせる東には、作劇的にも演出的にも唐流の仕掛けを施す幕切れとは別の工夫をこういう機会に案出してほしかった。 オーストラリアの国鳥に指定されているエミューは、いわば僻地にも押し寄せるグローバル化や都市化の象徴であり、栞が聞く骨唄は土着文化のそれである。この二つの波のはざまできしむ生がドラマの核となる。近年の若い劇作家では珍しく、東はおどろおどろしい趣向を得意とする。その感覚と生活感の確かさに今後の可能性を感じる。 冨樫と新妻が位相の異なる攻めの演技で火花を散らし、これを受ける高橋にベテランらしい味がある。
(2006年8月9日 朝日新聞 大笹吉雄)抜粋

   
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