「劇評」
『子供騙し』を観劇後、後ろからアベックのものらしい感想が聞こえてきた。「最初はどうなのかなと思ったけど、だんだん面白くなってきて。ねぇ?」と女の声が連れに同意を求めている。同感!と私が振り返って答えてあげたいところだった。冒頭の20分ほどが寡黙で、間の多い会話がかわされ、見ようによっては芝居がかぼそくて、これはどういう毛色の、いかなる方向に進む芝居なのか、と観客は迷い始めるのである。それだけに、その後の展開の妙よ!
南三陸のひなびた町の床屋が舞台。調髪する椅子に初老の男(緒形拳)がかけ、顔を若い女(冨樫真)に当たらせている。どうやら店主は独り身、この女性の存在がひそかな喜びになっているらしい。華やぐような大きな喜びではない。人生の経験を積み、多くを望まない賢明さを体得しているような、穏やかな男の身ぶりの意味を、観客は芝居が進むにつれ反芻することになる。演じる緒形拳の、諦念ではなく、慎ましいが充分に初々しいといった趣が何ともいえない濃い味わいを持つ。そこへ、レインコートの男(篠井英介)が闖入してきた。彼は探偵で、失踪したこの女性を追って東京からやってきたのだ。事態は二転三転、午後八時を過ぎるとオンナになってしまう探偵の変化がもう一つの見どころだ。探偵が“オンナ”になるや過激で強引さを増していくというのが愉快である。長い台詞はマレで、あっても、センテンスは短く切り取られ、余白を味わう劇になっている。余白を埋めるのは、むろん、役者の“身体”であり、観客の蓄積である。
浦崎浩實
(演劇雑誌テアトロ 2002年11月号より抜粋)
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  緒形 拳 プロフィール
1937年生まれ、東京都出身。58年新国劇に入団、辰巳柳太郎に師事。68年新国劇退団。65年NHK大河ドラマ『太閤記』秀吉役で脚光を浴び、78年映画『鬼畜』『復讐するは我にあり』の2作品とも日本アカデミー主演男優賞受賞。『楢山節考』でカンヌ映画祭グランプリ受賞。日本を代表する俳優となる。その後も『魚影の群れ』『火宅の人』『女』など話題作映画に多数出演。99年『あつもの』で仏・ベノテ映画祭グランプリ受賞。映画のみならず、舞台でも『信濃の一茶』『リチャード三世』『スカイライト』など多数出演し、今なお『ゴドーを待ちながら』では精力的に巡演活動をこなしている。2000年紫綬褒章受賞。
 

  篠井英介 プロフィール
1958年生まれ、石川県金沢市出身。日大芸術学部演劇学科卒。劇団『花組芝居』に旗揚げより参加し、数々の女方を演じ一躍脚光を浴びる。
90年退団後、『サド侯爵婦人』『サイケ歌舞伎−月食−』『毛皮のマリー』等に出演。99年には橋本治氏作・演出によるひとり芝居『女賊』に挑戦し、話題を呼んだ。01年4月よりスタートしたNHK連続時代劇『お登勢』にレギュラー出演。02年「欲望という名の電車」を企画・主演。03年野村萬斎との共演「ハムレット」等に出演。日本舞踊・宗家藤間流師範名取。
 

  冨樫 真 プロフィール
宮城県仙台市出身。桐朋学園短大芸術科演劇専攻卒。舞台では、野田秀樹、木村光一、佐藤信などの演出作品に多数出演。蜷川幸雄演出『十二夜』で主演ヴァイオラ役を演じる。
98年映画『犬、走る』(崔洋一監督)でヒロインを演じ、高崎映画祭最優秀新人女優賞受賞。
その後、『閉じる日』(行定勲監督)で主演を務め、02年公開の『マブイの旅』(出馬康成監督)でヒロインを演じている。その他、大島渚、原田眞人などの監督作品に参加。
02年には、市川崑監督と出会い『黒い十人の女』(TV、CX、リメイク版)に出演。
 


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