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【第691回】

おいらが好きな作家のひとり、車谷長吉さんが亡くなりました…幾多の変遷を経て、「赤目四十八瀧心中未遂」で直木賞を受賞。彼の描く人間のえぐり方は、なかなかの質量である。ええかっこし人間にとっては、辛辣極まりない。何、気取ってるの?人間、皆同じようなもんだし、なんも悩むもんあらしません…朝日新聞に掲載されてた人生相談のコーナーの彼の回答が実に面白かった。40代の男性高校教師の悩み相談「高校2年生の教え子女生徒が恋しいんです」と言う質問の回答がふるっている…あなたは自分の生が破綻することを恐れていらっしゃるのです。破綻して、職業も名誉も家庭も失ったとき、はじめて人間とは何かということが見えるのです。あなたは高校の教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえば、それでよいのです。そうすると、はじめて人間の生とは何かということが見え、この世の本当の姿が見えるのです。せっかく人間に生まれてきながら、人間とは何かということを知らずに、生が終わってしまうのは実に味気がないことです。そういう人間が世の九割です。私はいま作家としてこの世を生きていますが、人間とは何か、ということを少し分かり掛けたのは、31歳で無一文になった時です。世の人はみな私のことを阿呆だとあざ笑いました。でも、阿呆ほど気の楽なことはなく、人間とは何か、ということもよく見えるようになりました。阿呆になることが一番よいのです。あなたは小利口な人です。…
車谷長吉の面目躍如たるものがある。彼のことを、世間では私小説作家と呼んではいるが、彼特有の虚の部分を巧みに織り交ぜ、俗に溺れず透明感溢れる文章を生み出している。奇しくも、64歳の時に「僕は5年後に死ぬのを楽しみにしている…」と言っていたそうである。
長吉さん、あなたの残した文章、もう一度引っ張り出して味あわせてくださいね…合掌。

 




井の頭恩賜公園

 

2015/5/20  岡田潔