【第693回】
今月の初めに、詩人長田弘さんの死去を知る…おいらが長田さんを知ったのは1964年6月に紀伊國屋ホールで上演された芝居「魂のキックオフ」を観劇したときである。早稲田大学の演劇研究会出身の村松克己、津野海太郎、東大劇研出身の山元清太、佐伯隆幸らが結成した六月劇場で、文学座研究生出の草野大吾や岸田森、悠木千帆(樹木希林)らも参加していた。戯曲を書いたのが長田さん。何だか観念的で、おぼっちゃんたちが観念ごっこの芝居やってるな?てな感じで、その当時、花園神社に既成の演劇を、叩っきるエネルギーで登場してきた状況劇場に、おいらは脳天かち割られた感じがしたのを記憶している。
その後は、長田さんは戯曲を書くことなく詩の創作に専念していった…平易で優しい言葉を紡ぎ出す長田さんの言葉で、何度となく人生暫しの休息をさせて頂いた。
「世界の最初の一日」
水があった。
大いなる水の上に、
空のひろがりがあった。
空の下、水の上で、
日の光がわらっていた。
子どもたちのような
わらい声が、漣のように、
きらめきながら、
水の上を渡ってゆく。
遠ざかってゆくわらい声を
風が追いかけていった。
樹があった。
樹の下には陰が、
陰のなかには静けさがあった。
(世界がつくられた)
最初の一日の光景は、
きっとこんなふうだったのだ。
人ひとりいない風景は、
息をのむようにうつくしい。
どうして、わたしたちは
騒々しくしか生きられないのか?
世界のうつくしさは、
たぶん悲哀でできている。
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