トムプロジェクト

2017/01/25
【第913回】

山下澄人著「しんせかい」を読み終えた夜に芥川賞が決まった...19歳の作者が、あの倉本聰さんが主宰する、北海道の富良野塾で2年間過ごした30年前の出来事を冷徹な目で捉えた作品である。倉本聰さんのことを「先生」と呼び、住んでた町を「谷」と何度も復唱しながら、自分探しを小説という形で表現した不思議な物語である。作者は目の前にする事実をフィクションに立ち上げたいのだが、上手く言葉にすることが出来ない。その微妙な息遣いがまるで戯曲を読んでるように、こちらの想像力を喚起させてくれる...そこで、作者は過去の自分を思い出そうとするのだが、その過去もどこか曖昧で不確かで答えを出すことが出来ない。それをまるで、その場にいる空気感で言葉にしているところが新鮮だ。作者は22年前の阪神淡路大震災に遭遇し、東日本大震災の事実を目の当たりにして人の生き死にある感慨を抱きつつ、こんな小説を書きたかったのではなかろうか...「先生」と「谷」との間に過ごした時間と居住まいが淡々としながらも内なるマグマがメラメラと感じさせる新しい小説の誕生かも知れない。
なんと言っても、おいらが気にいったのは良くある青春ドラマでも無く、上昇志向皆無の佇まいがほんまによかですばい!己の中にしか「先生」神は存在しないのです...

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裸木と夕陽

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