トムプロジェクト

2025/12/12
【第2119回】

おいらはスペインに住んだ経験もあり、ふとスペイン料理が食べたくなります。スペインでは休日に家族で集まり、パエリアを囲んでのんびりした時間を楽しみます。庭や広いテラスにはパエリアを炊くスペースが確保されている所もあり、パエリアは家族団らんの象徴的な食べ物ですね。てなわけで先日、国際パエリアコンクールに3年連続で日本代表として出場し、しかも優勝したという店に行ってきました。一日3組しか予約できないご夫婦でやっている店、確かに一品、一品丁寧に作られた料理と味わい深いワインで十分堪能したんですが、肝心のパエリアがおいらの口には合いませんでした。水分が多く、食べ終わった後のパエリア鍋に焦げ付いた米をヘラでそぎ落としながら食するラストの楽しみが無かったのが大きな原因かな。それと料金かな...スペイン料理はあくまで家庭料理の範疇だと思います。食材にしても調理過程も含めて庶民の食べ物、これちょいと高いんじゃない?なんて感じさせるお店はどうかなと思いました。

今日から一段と寒くなりましたね。そして又もや今日再び、東北、北海道で地震が発生、そんな状況でありながら原発の再稼働が柏崎と泊で進んでいます。確かに原発に頼らざるをえない点は理解できますが、14年前の東日本大震災のことをもう忘れたのか?と唖然たる思いがします。あの地震で故郷を失った人たちの慟哭は誰しもが共有することではなかろうか...

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お口に合いますかな?

2025/12/10
【第2118回】

昨日は、新国立劇場で「スリー・キングダムス」を観劇。イギリスの劇作家サイモン・スティーヴァンスが2011年に本国で上演した作品です。イギリス、テムズ川に浮かんだ女性の変死体の発見からドラマは始まる。犯人を追って二人の刑事がドイツ、ハンブルグ、エストニアへと追跡していくストーリー。現実と幻想とを交互に繋ぎながら一筋縄ではいかない展開に芝居を観慣れていない観客は戸惑うかもしれない。発せられる台詞もエグい。国が運営する新国立劇場だからこそ可能な挑戦的・革新的な作品。作家が物語と戯曲の関連性についてこう述べている。「物語は欲望から生まれ、登場人物が何を求めているかを理解することから始まる。欲望の具体的な性質を見極めることは、政治的・感情的・哲学的な洞察を構築する鋭い方法である」う~ん...含蓄ある言葉ではあるがこれを視覚化、しかも限られた舞台上で伝えることは至難の業でございます。

今回の舞台にトム所属の森川由樹が出演していました。昨日の舞台でもキレのある芝居でシーンを盛り上げていました。新国立劇場演劇研修所第6期を終了し、2013年にトムの「百枚めの写真~一銭五厘たちの横丁~」でデビューして12年。ここ数年の彼女の演技は目覚ましいものがあります。今年8月に上演した「鬼灯町鬼灯通り三丁目」でも難役を繊細かつ大胆に表現してくれました。一人の俳優が時間を重ね成長する姿を見続けることもプロデューサーの楽しみのひとつですね。

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まだまだ魅せます

2025/12/08
【第2117回】

トムの芝居も終え、先週の土曜日は劇団桟敷童子「一九一四大非常」を観劇。いつものように手作り満載の舞台と、魂込めた演技に観客は皆温かい拍手を送っていました。

今回の設定は、大正3年12月15日に発生した「三菱方城炭鉱ガス炭塵爆発」。671人、それ以上の死者を出したと言われる事故。当時の事故状況の資料を丁寧に読み、筑豊出身である東憲司さんが作、演出。過去にも何本か炭鉱に関する芝居を創った彼にとって己の出自は生涯切り離すことが出来ないテーマではなかろうか。

炭鉱と言えば、おいらにとっても同じ福岡にあった三池炭鉱も含めて幼少のころから身近な存在であった。今でも鮮明に覚えているのは今から60年前、1965年夏、三池工の甲子園初出場初優勝は、労働争議(三池闘争)や、大勢の犠牲者を出した炭塵爆発事故で沈んでいた大牟田の地に希望の光を灯した。当時の監督は、ジャイアンツの原辰徳の父親であった。盆踊りでもお馴染みの炭坑節は、野球場でも良く見かけたものだ。嘗ての西鉄ライオンズが後楽園球場(現東京ドーム)で試合をしたときには必ず炭坑節の大合唱を背にして応援したものである。福岡県人にとってはいくつになっても「炭鉱」は心の故郷の一部ではなかろうか。

昨日は、大学ラクビー対抗戦の優勝を決める明治対早稲田の伝統の一戦をテレビ観戦。

主審レフリーの稚拙なジャッジにもめげず明治が接戦を制しました。4年間という限られた時間の中で青春を燃焼できるなんて、なんと幸せな若者たちだろう...決して、学徒動員なんてことにならないよう政治家の皆さん頼みまっせ!

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今年最後のスーパームーン

2025/12/05
【第2116回】

「五十億の中でただ一人」12月3日に無事千秋楽を迎えることが出来ました。公演中、一番恐かったのがインフルエンザ感染による公演中止。メール、電話が鳴る度にドキッ!こんな日々はとても心臓に悪い。この難関を見事に突破してくれたキャスト、スタッフに唯々感謝でございます。今回の芝居、演劇評論家の方々も来てくれました。観劇後のY氏の一文一部を紹介します。

 

「反戦」をテーマに、衒いもなければまわりくどい物言いもない愚直なまでの舞台。しかし、だからこそ今の不気味な時代を逆照射している。タイトルの「50億」は地球上の人々の数。一人ひとりに50億分の1のかけがえのない人生がある。それを一瞬にして奪うのは愚かな指導者が号令一下始め、それに熱狂する国民が行う戦争。「人間ひとりの命は地球より重い」と言って人質と犯人を交換した首相がかつて日本にもいたが、「人間ひとりの命」など鴻毛(こうもう)より軽いとばかりに戦争準備をする首相もいる。戦争は指導者に躍らされて国民が熱狂するのだというのも今の日本を見れば、戦時を追体験しているようなもの。

こんな芝居が上演されているうちはまだ人間を信頼していいと思う。

 

日本のみならず、世界でも多発している大規模火災、この光景を見るたびに戦禍に陥った時のことを彷彿とさせます。そしていまだ続くロシアによるウクライナへの侵略戦争、ガザでの7万人の死者を超える惨状、世界は確実に危うい彼方へと突き進んでいるような気がします。

2025年11月24日のテレビ朝日の報道によると、台湾有事に関する世論調査で、33%の人が「戦争は必要」だと回答したと報じられています。

戦争という化け物の実態を想像できない人たちがこれからも増えそうで無気味なニッポン...しかも、若い人たちに多いと聞くとますます憂える日々でございます。

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平和でこその風景

2025/12/03
【第2115回】

「五十億の中でただ一人」、今日が千秋楽です。一ヶ月前にはチケットが完売し、連日多くのお客様で劇場は賑わっています。お客様のあたたかい視線で役者も励まされ、ステージを重ねるごとに上質な芝居に仕上がっていく様を日々感じている幸せなプロデューサーでございます。と言っても、なかなか厳しい観客がいらっしゃるのも事実です。おいらが理解する範囲と随分食い違う意見を朗々と喋られることも。勿論、一つの見方として参考にして頂きます。人生いろいろ、感性も好みも違って当然、だから生きていることは面白い...何ごともこの世の中すべからく正解はありません。ことアートに限って言えばとてつもなく無限に近いシロモノ。とどのつまり発信する側としては己を信じて表現するしかありません。そして世間に受けいられなきゃ当然淘汰されるだけのこと。トム・プロジェクトが30年間も続けられたことは、演劇というジャンルで必要とされた証拠だと一応は自負しているつもりです。

今回の赤坂レッドシアターに通う道、連日好天に恵まれ気持ちの良い散歩道でした。少し遠回りになったんですが地下鉄青山一丁目で下車し、左に赤坂御用地を見ながらカナダ大使館、高橋是清翁記念公園、草月ホール、伝統工芸青山スクエア、とらや本店、豊川稲荷東京別院の側を歩いているとカルチャーの空気が漂う感じがしてとっても爽快でした。

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劇場への道

2025/12/01
【第2114回】

「五十億の中でただ一人」4ステージ無事終えることが出来ました。インフルエンザも想定外に増え、日々戦々恐々のなかキャスト、スタッフ健闘してます。初日二日目と少し不安な面もありましたが三日目からがらりと変わるところが芝居の面白いところです。芝居はナマものですから微妙な間合いで全く違う芝居になってしまいます。勿論、おいらは毎日観ているのですが、そのあたりの様は手に取るように伝わってきます。しかし、これだけは舞台で演じている役者さんを信じて見守るしかありませんね。

終演後、お客さんがおいらに駆け寄り「良かったね!」なんて声を掛けてくれる日は確かに上々の出来、素通りする日はイマイチなのかな?と思ったりします。そりゃ人間ですから良いときもあるし上手くいかないときもありまっせ...でも、お客様は貴重な時間とお金を払って来てくれているんですからベストな状態でお観せしてこそプロの仕事でございます。

終演後の帰り道、公園で夜の美術展をやっていました。港区が主催し、おしるこを振る舞い多くの家族連れで賑わっていました。カルチャーにどちらかというと手薄なこの国にあってこうした取り組みを目にするとなんだか正直嬉しくなっちゃいますね。

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赤坂・高橋是清翁記念公園

2025/11/27
【第2113回】

日々当たり前のように食べている卵、物価が上昇していても大して上がらず庶民の味方ともいえる唯一無比の食品です。そんな卵、実は苛酷な状況の中で生み出されているんです。1羽あたりB5判サイズ以下の空間に埋め込むバタリーケージで閉じ込められ運動量も抑えられ、喧嘩しないようにクチバシを切断するのも当たり前。そんな生産効率主義第一の養鶏場を変革すべき会社を立ち上げたのが鹿児島県曽於市にある「サテライツ」。この養鶏場で平飼いされてる鶏は羽の汚れを落とす砂浴びも、地面をつついて餌を探す動作も、眠るときに止まり木に登るのも、鶏本来の習性、欲求に基づく行動らしい。経営者である川原嵩信さんの嘗ての希望である「自然に近いかたちで鶏たちに生きて欲しい」という願いから生まれた。更に、一般的な採卵養鶏業者は産卵率が下がる2歳前後で廃鶏とし食肉処理する廃鶏を引き取り産まなくなっても最後まで飼うシステムを作り上げる。そもそも歩いたり、羽ばたいたりしたことがない鶏たちは平飼い場に放り出されてもすぐには歩きだせない。止まり木にも登れない。それでも次第に本来の姿、行動を取り戻し、2,3カ月くらいで羽も生え放牧場を駆け回る姿になるとのこと。そして3日に1度には卵を産む様になるそうだ。正直、経営はなかなか困難だと思いますがこんな人たちが居る限り人類もまだまだ希望が持てそうです。この世の中、本当におかしくなっています...もう一度しっかりと大地を踏みしめて!

「五十億の中でただ一人」本日、初日でございます。

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バラとメタセコイア

2025/11/25
【第2112回】

昨日は「五十億の中でただ一人」の最終稽古に錦糸町の稽古場に出かけました。今年最後の三連休最終日、しかも天気も穏やかで新宿、錦糸町ともども多くの家族連れ、外国の観光客で賑わっていました。そんな時に、稽古場では平和を希求しての稽古、この思いが届けば演劇人としては本望でございます。27日の初日を控えての最終稽古、皆さんピリピリとしながらも2時間汗水たらしての演技。20日に拝見した通し稽古とはまた違った感触を感じました。芝居はまさしくいきものですね!相手の出方次第で、以前と違う感性の琴線を刺激し思わぬ展開に進んでいくなんてこともしばしば。予想外の表現で台詞が出てこないなんてことにも直面した時の役者の慌てぶりも稽古場でしか見れない光景かもしれませんね。役者なんていきものは、いつも神経を研ぎ澄ましキレキレの状態で舞台という戦場で闘っています。当事者は当然、己の表現を客観視することは至難の業です。稽古場においてプロデューサーの仕事としては、観た感想をいかように伝えるかということも大切な役割です。ダメなところがあっても、ストレートに伝えるのではなくオブラートに包むように愛情ある言葉で返すことを心がけています。

泣いても笑っても、明後日が初日。クオリティの高い芝居になることを信じてます!

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最終稽古日のスカイツリー

2025/11/21
【第2111回】

昨日は錦糸町の稽古場で「五十億の中でただ一人」の通し稽古に行って来ました。この日が2回目の通し稽古、これまで積み上げた各シーンが上手く繋がっているかどうかを確認する大切な稽古です。今回の芝居は、全く違う家族と時代が同じ舞台上で同時進行するだけに役者も演出家も苦心惨憺ではなかったかと、おいらも心配していました。おいらも役者さん同様、緊張しながらの時間でした。5人の俳優さんのこの芝居に賭ける思いが難しい場面の繋がりをなんとか形にしてくれるどころか、演劇ならでは手法で見所のある芝居になる予感を感じさせてくれました。

改めて、芝居っていうしろもの一筋縄ではいかないものだと...作者が書いた台詞を他者が解釈し表現する過程において様々な解釈の誤差が生じるのは当たり前。育った環境、思考形態の違いは当然で、その距離感なり溝を如何にして埋めていく作業が稽古場の時間。短時間で埋まる人もいれば、なかなかと時間を要する人もいるという具合に全てがスムーズに進行していかない局面を目にすることもしばしば。中には最後まで、頑固に自分の殻に閉じこもり妥協しない人がいるのもこの世界では珍しいことではない。こんなときの助っ人役を引き受けるのもプロデューサーの仕事である。伊達に長いこと飯を食ってきた訳じゃありませんよ!と何らかのヒントを何気なく吐露して潤滑油の働きをするのでございます。

一週間後に初日を迎えます。チケットは追加公演を残し完売。乞うご期待!

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紅葉狩り3

2025/11/19
【第2110回】

人生いろいろと言いますが、この世に生を受けて好きなことを見つけ、好きなように過ごせる人はそんなに多くいないのでは。好きなことに夢中になることほど楽しいことはないはずだ。好きなことはどんなことでも苦にならず、命の源泉を吸い上げ熱くしてくれる。このことだけで人生における大切な意味を獲得しているに違いない。

先日、バングラデシュから来日した若い人達にも「先ずは好きなことに向かって!」と声を掛けました。先々何の保証もない夢に切磋琢磨することにはとてつもない勇気がいると思います。でも、彼らの瞳は輝いていました。

おいらもここまで生きてくると様々な生き様を見させて頂きました。そんな中、確信していえることはこの世の中、「好きなことやったもん勝ち」だという真実。永遠に生きることが出来ない限られた人生、どうせいつかはあの世に行くのだからこそ、嫌なこと我慢してやることはないと思いますが...と言いながら、なかなかすんなりと行かないのもこれまた人生。

とにかく、どんな状況になろうとも好きなことを探しだし、夢中になれば、後ろを振り返ることなく有意義な時空間がそこに自然と転がっていると思うのですがね...

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紅葉狩り2

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