2025/02/14
【第1998回】
下條アトムさんが亡くなりました...アトムさんと出逢ったのは2001年、おいらの若い時代の芝居仲間である高橋美智子(彼女も今年1月に亡くなりました)が書き上げた戯曲をおいらがプロデュースし、アトムさんに出演依頼したのがきっかけです。演出はテレビの世界で数々の話題作を演出したW氏を指命。彼の意外性、キャラクターに既成の演劇にないモノを期待したはずだったのですが...稽古場での馬鹿でかいダメ出しとオヤジギャグの連発で稽古場の雰囲気は盛り上がったのだが、この世界で良くある若い女優さんに手を出しそうな行為が発覚。おいらは彼に一喝「演出家として退場!」その途端、知名度を武器にワイドショーに出まくりおいらに恫喝されたと吹聴する始末...そんなごたごた騒動のなか演出を買って出てくれたのがアトムさん。この力強い一言でキャスト、スタッフが一丸となり「輝く午後の光に」銀座博品館での公演無事に終えることが出来ました。
これがきっかけで、アトムさんの方から舞台をやりたいと言うことでトムに所属することになりました。その後、「とんでもない女」「ダモイ~収容所から来た遺書~」ひとり芝居「思ヒ出ニ、タダイマ!」「欺瞞と戯言」「裏小路」「沖縄世うちなーゆ」の舞台出演。時折、彼特有の個性、声を活かしての市民からの様々な感謝の手紙を基に構成した「ありがとうの手紙」などなど、トムの創成期に力を貸して頂きました。
アトムさん繊細な人でした。折に触れ演劇論も戦わせました、彼独特の拘りが末永くこの世界で生き残って来たのだと思います。
闘病中にお見舞いに行ったときに朦朧とした記憶の中、「アトムさん、又芝居やりましょう!」と声を掛けると、この時ばかり目を輝かしながら「うん!」と答えていました。24年前にアトムさんに出逢って良かった!そしてありがとう...アトムさんとの数々の想い出はおいらの宝物のひとつですよ。
おつかれさまでした