2025/07/04
【第2056回】
先日、児玉也一さんから一冊の本が贈られてきました。「一銭五厘たちの横丁」この原作をもとにトムでも2010年に、ふたくちつよし作・演出で「百枚めの写真~一銭五厘たちの横丁~」の芝居を創り上げ東京含め全国各地で上演しました。児玉也一さんは原作者のご子息です。戦後80年、作者没後50年ということでちくま文庫から復刊されました。戦時中、戦地に居る父、兄弟に送るため東京下町に住む家族の写真を桑原甲子雄さんが撮影した写真と、その家族を30年後に取材したルポライター児玉隆也さん渾身の一冊です。
この作品の中で取材した阿部寅松さん。彼は戦時中に毎日ように出て行った横丁の出陣を見送る際、24人編成の町の楽隊で前列から数えて3番目でラッパを吹いていた。「嘘ついて、ラッパで威勢つけちゃったんだなァ。若いもんを次から次と威勢つけちゃ兵隊気分にさせちゃったんだ...おれは」「おれがあまりうまく教えちゃったんで、あいつら軍隊に入るとすぐラッパ長になっちゃうんだよ。それで威勢がいい連中だから、ラッパ片手にまっ先に突っ込んでって...おれの教えた奴は、誰もこの町に帰ってこなかった」「海行かばもいやだ。葬送行進曲だっていやだね。必要だから演奏するってえのは、いやだ」「音楽は、ただ聴いてるものなんだよ」そして最後に老いた横丁のラッパ手はこう言い残した。「ベートーベンはいい。用のある音楽は、もうこりごりだ」
天皇から一番遠くに住んでいた庶民を自分の足で聞き取り、写真は99枚で終わっているが、写されていなかった百枚めの写真は、まぎれもなく撮影者の桑原自身であり、取材者の本人であることを暗示している。
最後に、私はふたたびこの種の「記念写真」を国家が要請する時代が来ぬことを願うのみである。古いネガから過去を追ったはずの私の追跡が、実は未来につながるとすれば・私の足は重い。ひどく重い。と、記している。
百枚めの写真に写らないために