トムプロジェクト

2024/05/17
【第1892回】

城山三郎著「指揮官たちの特攻~幸福は花びらの如ごとく~」読了。城山三郎さんは気骨ある作家である。紫綬褒章の知らせを聞いた時に、「僕は、戦争で国家に裏切られたという思いがある。だから国家がくれるものを、ありがとうございます、と素直に受け取る気にはなれないんだよ」。そう言って辞退しました。

今回の本は城山さんの面目躍如たる作品である。昭和19年10月25日、最初の特攻隊としてレイテ島沖で米艦隊に突撃した関行男大尉と、翌20年8月15日夕刻、敗戦の事実を知らされないまま沖縄へと飛び立ち、そのまま還らぬ人となった中津留達雄大尉の二人の海軍兵学校卒業生を中心に、彼らが特攻機に乗ることになった経緯と、彼らの生い立ち、人となり、家族のその後などが語られる。本人も終戦直前に大日本帝国海軍に入隊し上官による理不尽な暴力と虐めにあい、戦争と軍隊に対する怒りがその後の著作に色濃く記されている。敗戦間近にもかかわらず次々と開発される安直な特攻兵器を前にして「きさまらの、代わりは一厘五銭で、いくらでも来る」とうそぶく上官、当時の海軍内部の荒廃ぶりには只々呆れるばかりだ。

作家としてだけではなく、一人の人間として晩年は言論の自由を封殺するとして「個人情報保護法」に反対を唱え、自らの戦争体験を振り返って社会の変貌に警鐘を鳴らそうとした。

自衛隊の海外派遣に対しても「日本の自衛隊は国民を守る組織であり、人を殺傷する機関ではない」と危惧を示した。

世界がまさしく第三次世界大戦を予兆させる現状において、改めて城山三郎作品の重みをひしひしと感じる。

1892.jpg

この時期に?

2024/05/15
【第1891回】

一昨日、唐十郎さんの通夜に行って来ました。安らかなお顔でした...唐さんにとっての演劇は己の魂を賭けた遊びでもあり、それまで劇場という空間、そして演技をするための知的、肉体的な鍛錬に異を唱えるためのアングラテント芝居だった。いつの時代でも、支配階級が底辺の民に強いる差別に対し演劇という手法を通じて抵抗する手段でもありました。布一枚で隔てるテントは非日常と日常が瞬時に入れ替わる夢とロマンの時間でもあった。

日本国内のみならず戒厳令下の韓国、難民キャンプシリア、カオスのバングラデシュ、レバノン公演を遂行したのも社会に見捨てられた人たちへの限りない愛だと思う。

東京都の命令に逆らい、新宿西口公園での公演はおいらも現場に居ました。機動隊に逮捕され連行される唐さんの不敵な面構えは今でも記憶にあります。なにせ押し付け事が大嫌いなききわけのない童心が生涯宿っていたに違いありません。

日本の国力が貧弱になりつつある今こそ、冒険者でありロマンチストである唐さんみたいな人物が出てきて欲しいと思うのだが、なかなか難しいかな?でも一度きりの人生、己が願望していた諸々、試しもせず死んでしまうなんて悲しいとは思いません...

5月も中盤、朝晩と昼間の温度差がありすぎて体調不安定。そんなときは散歩に限ります。今日も5月のアンネのバラが咲き誇っていました。風雨に晒されながらも不屈の生命力で繰り返し花咲かす植物に癒され圧倒されてしまう今日この頃でございます。

1891.jpg

平和を願って
(アンネのバラ)

2024/05/13
【第1890回】

先週の土曜日、新宿花園神社にて唐組・第73回公演「泥人魚」を観劇。開演45分前には紅テントの前には多くの人で賑わっていた。いつみても花園神社の紅テントはこの地に一番似つかわしい。新緑映えるこの時期の公演は、何故か観劇前から心躍る気分にさせてくれる。今回の芝居は2003年度の初演以来、実に21年振りの公演である。ドラマの原型は1997年有明海諫早湾が全長7キロに及ぶ鉄板により閉鎖された事件である。映像で観たまるでギロチンさながらの光景はショッキングであった。これにより、この遠浅の干潟に生息するムツゴロウ、ウラスボなどが瀕死の状態に陥った...この一連の事件を唐さんの壮大な妄想を駆使して芝居に仕立て上げたのが「泥人魚」。

詰め詰めで満杯になったテントのなかでいよいよ開幕。看板役者が登場する度に声が掛かるのはいつもの通りだが、唐!の声が聞けないのがとても寂しい。でも唐組の座員の気持の入った演技はいつ見ても清々しい。芝居は元々、ひとりひとりの手作り、つまりローテクを駆使して創りあげるものであることを教えてくれる。どんな綺麗な照明よりも、きらびやかな衣装よりも、お金を掛けた音響装置よりも、人間の肌合いを身近に感じるすべてが心地よい。

時代はより人工的に、より利便性を追求しながら突き進んでいます。もういい加減、自然志向に戻りませんかと発言しても少数意見でしかない世の中になってしまいました。そんな時代だからこそテント芝居、これからの生きるヒントになるに違いありません。

1890.jpg

紅テント

2024/05/09
【第1889回】

5月5日に今年初めてベルーナドームに行ってきました。ソフトバンクとの一戦、見事に負けてしまいました。この日は子供の日ということもあって多くのチビッ子ファンが熱い声援を送っていました。子供限定でグローブも配布し、いつまでもライオンズのファンであって欲しいとの願いも虚しく無様な敗戦でした。そりゃそうだよね、ライオンズには3割バッター皆無、3番バッターがなんと1割台の打者なんですからね。相手のチームは3割バッターがゾロゾロ、そりゃ勝負になりません。監督の采配もちぐはぐ、凡打しても悔しがらない選手を見せられたんじゃ、満員のファンもガッカリです。ここ数年で最悪のシーズンになりそうだし、その後数年暗黒の時代が来そうな予感さえしてしまいます。

昔、強かったころのライオンズを知るファンにとってはなんとも寂しい限りです。ここまで来たら監督コーチを変えなきゃとんでもない借金を抱えた結果になると思います。チームのフロントも然り、もっと言えばどこかの企業に身売りなんてことも考えねばなりません。

やはりある程度お金を掛けなきゃ強いチームにはできないと思うけど、資金が無くても広島カープなんてチームは地元に愛され続けながら人気を保っています。

今の勢いでは、パリーグはソフトバンクのぶっちぎり優勝。セリーグはどのチームも優勝の可能性がある面白い展開。まだ5月というのにライオンズは白旗掲げるのもみっともないし、少しでもファンをワクワクさせる戦いをやって欲しいと思っています。

1889.jpg

フレ!フレ!ライオンズ

2024/05/07
【第1888回】

唐十郎さんが亡くなりました。トム・プロジェクトでも2本、作・演出して創っていただきました。稽古中、そして酒場で一緒に過ごした時間が懐かしいです。いつも少年のような瞳で語り掛けてくる言葉が、現世を見つめながらどこか見知らぬ時空間に誘ってくれる不思議な人でした。唐さんの描く世界の主人公はいつも底辺に蠢く市井の人でした。唐さんが幼少の頃、下谷万年町で出会ったいかがわしくも心根の優しい庶民の姿が戯曲を書くきっかけになったに違いありません。

おいらが上京して頭をぶん殴られたのが、1967年8月、新宿花園神社境内に紅テントを建て、『腰巻お仙 -義理人情いろはにほへと篇』を観た時だ。なんだこれは!唐さんはじめ、麿赤児、四谷シモン、大久保鷹、不破万作などなど得体のしれない役者群が紅テント内で観客をかどわかしながら縦横無尽に暴れまくっていました。まさしく特権的肉体論、役者の沸き上がる身体を通して言葉を生み出していく手法に唖然とした記憶があります。

こんな世界に身をゆだねたい...そんなこんなで演劇の世界に身を投じた次第です。

唐さんが演劇に託した想いは、その後いろんな人達が継承し演劇というフィールドをダイナミックに展開していったことは紛れもない事実です。

唐さんお疲れさまでした...ゆっくり休んでくださいね!と言いたいところですが唐さんのことですからあの世でまた暴れまくっているに違いありませんね。

1888.jpg

早く取りに来てネ

2024/05/02
【第1887回】

太宰治賞2022年受賞作・野々井透著「棕櫚を燃やす」読了。久しぶりに文学っていいなと素直に思いました。淡々と過ぎていく父と娘二人の会話が繰り返される小説なのだが、周りの風景と三人の心情が寂しさ、切なさ、孤独感を超越して他の何よりも温かく愛を感じさせていく言葉の選択がまさしく文学。
時折出てくる「むるむる」という擬音語。これだけ言葉を選びながら、尚表現できない言葉を身体感覚として表現したかったのだろうか...余命幾ばくもない父の姿を、まるごと自分のこととして語る主人公に深い悲しみと祈りを感じる。
小説を読みながら、バックにフランス室内楽作曲家フォーレ、ドビッシーの曲が流れてくるような不思議な読書体験でした。
「からだを洗う女のひとたちは、湯上がりのひとたちよりも、どこか寂し気で孤独に見えた。自分の髪やからだを洗う姿は、叶わないなにかを願うような姿に似ていて、湯気の中にその想いが浮いているようだった。」
日常の中に淡々と流れる命を感情に溺れることなく、慈しみながら遙か遠い宇宙から映し出しているかのようにも思えてくる文章だ。
明日から後半のGW。天気も良好、リフレッシュするには最適な時かも知れませんね。

1887.jpg

5月5日には泳ぎますからね...