トムプロジェクト

2023/05/24
【第1756回】

わが心の西鉄ライオンズ、レギュラー選手で唯ひとり御存命であった中西太さんが90歳で亡くなりました。平和台球場での大きなお尻ふりふりしながらのでっかいホームランはおいら少年たちのスターでございました。1962年に選手兼任で西鉄ライオンズの監督を引き受け優勝したのが1963年、この年は南海(現ソフトバンクホークス)との最大14.5ゲーム差を逆転し、5年ぶり5度目のリーグ優勝を果たしたシーズンでもありました。おいらも勿論、平和台球場で喜びに浸っておりました。あの大きな体を胴上げしている選手の苦心惨憺ぶりがとても印象的でした。現役時代は"怪童"と称されたスラッガーで、本塁打王5回、首位打者2回、打点王3回のタイトルを獲得。監督としては一流にはなれなかったんですが、その後計8球団を渡り歩き、指導者として若松勉、イチローら名選手を育てた名伯楽でもありました。

最後にお会いしたのは2012年トム・プロジェクト「エル・スール~わが心の博多、そして西鉄ライオンズ」の博多公演でした。公演前にライオンズOBが集まっての座談会があり声をかけたところ嬉しそうな顔をされていました。この座談会には豊田、高倉、西村さんも同席し、お互いに遠慮することなく言いっぱなしの豪放磊落な楽しい会でもありました。

こうして西鉄ライオンズの選手たちはいなくなっていきました...でもあの日あの時の西鉄ライオンズは、残されたファンにとってはとてつもない宝物です。

そんな折、山川選手の事件はつらいですな。先人が築き上げた歴史に傷をつけちゃいかんばい!と言いたい。いつの世も野球は夢見る少年を虜にしてくれるものであることを肝に銘じてプレーしていただきたいもんでございます。

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今日の空

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