トムプロジェクト

2026/04/20
【第2170回】

先週の週末は日比谷で「ハムネット」を鑑賞。芝居屋にとっても大変興味ある作品でした。以前にも「ノマドランド」でアカデミー賞をとったクロエ・ジャオ監督の最新作である。16世紀イギリスの片田舎、ウイリアム・シェイクスピアの妻、アグネスの物語である。アグネスを演じる女優ジェーシー・バックの演技が圧倒的である。熱演を感じさせない自然体の演技は絶品。いや、これは演技ではなく表現者としての彼女が役に憑依し、いままさにその時代に生きている姿を曝け出している凄さだ。繊細で彫の深い人物であり、知的で哲学的なのに庶民的な味わいを十分に感じさせてくれる。臨月の彼女が大樹の根元に横たわり、大自然と交歓する宇宙的なシーンは詩情あふれ心に染み入る。

ジャオ監督の清楚で巧緻な語り口がドラマの進行をより密にしている。義父母との葛藤、子育て、子を失い打ちのめされ悲嘆にくれそれに耐える情感の濃密さに立ち会うだけでもこの映画を観る価値があると思う。終幕グローブ座で上演される「ハムレット」がこの映画を締めるに値する印象的なシーンでもある。

愛と喪失、このテーマは人間誰しもが経験することだが、こうして映画を通して魅せられると改めて芸術が持つ効力の凄さを感じてしまう。当たり前の感動ではなく、身体の中に深く沈潜するジャンルの作品に遭遇したときこそ心から拍手を送りたいものだ。

残念ながらこの日本では、この類の作品を企画し演じる女優がいないのが寂しい。キレイキレイばかりが女優ではありません。己の生きてきた全てをさらけ出しもしないで何の演技なの?皺の一つも生きた貴重な証ですよ。

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ほとぼりが冷めないシネマ

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