トムプロジェクト

2026/08/31
【第2224回】

「沼の中の淑女たち」8月28日の博多公演、多くのお客様が駆けつけてくれました。おいらの小学校の同級生、何十年ぶりに会った従妹たち、今は無き六本松「ひろ」での飲み仲間であった友人たち、マスコミでお世話になった方、嘗て活動していた福岡シアタークラブの会員様、エルガーラホールの元支配人、弟が住むマンションの住人の方々などなど懐かしい顔ぶれが勢ぞろい。勿論、今回の芝居の企画そのものに惹かれ来場してくださった新しいお客様。演劇観客が減少している昨今、本当にありがたいことです。この日が旅公演初日であった出演者も緊張しながらの演技ではあったのですが、お客様の温かい声援でノリノリの舞台でした。終演後、役者さんと一緒に食事をしたのですが博多のお客様の反応が良く楽しく演じることが出来ましたとご機嫌でした。29日の福岡八女、30日の熊本長洲での公演も無事終え今日は9月1日の長崎佐世保公演に向けての移動日。その後岐阜県、兵庫県、岩手県、群馬県、福島県、北海道を経て10月10日の石川県金沢市で千秋楽。この猛暑の中、大変な旅公演でございます。でも各地で楽しみにしているお客さがが首を長くしてお待ちになっていると思えば役者冥利に尽きると思います。

昨日は、25年間ライオンズ一筋でプレーした栗山功選手の引退試合がベルーナドームで行われました。いや、恰好良かったな...ライオンズは多くのスタープレーヤーが他球団に移籍する歴史があったなか、ライオンズ愛を通してきただけでもあっぱれであり、ライオンズで唯一2000本安打を達成した人気と実力が伴った選手でした。将来はライオンズの監督になるのではないかと思います。栗山選手はストイックで努力の人だった...自分が流した汗はけっして裏切ることがありません。

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8月終わりの空

2026/08/28
【第2223回】

「沼の中の淑女たち」の地方公演で博多に来ています。おいらの故郷なんですが、恥ずかしながら福岡県議会では、正副議長ポストを巡って金銭授受が行われていたというとんでもない疑惑が表面化しております。関係する県議たちが「カネを支払った、いや受け取っていない」と「ポストをカネで買う」なんてみっともない醜聞。福岡というところはいろんな顔をしていますね。炭鉱全盛時代は北九州、筑豊の人たちは「川筋気質」と呼ばれていました。舟運の船頭や坑内の労働者、港湾で積み下ろしに携わった人々の間に育まれた、独特な気風と精神性。義理人情に厚く、理屈より行動、気っぷがよく宵越しの金を持たないなんて一見格好よく見えますがこの時代にはとても似つかわしくないと思います。こんな流れを行政に関わる連中が連綿と受けついているなんてとんでもない話です。

一方、商人の町である博多もなんだかつまらない街に変貌しつつありますね。天神に立ち並ぶ高層ビル、昔ながらの情緒ある佇まいの街並みが少なくなっています。これを推進してきた現福岡市長もようやく辞めるそうですが...芝居を含め、ライブをやれる施設を作ることなく金儲け第一主義でやってきた福岡市の行政も何をかいわんやと言いたいですな。多くの芸能人を輩出しておきながらこの体たらくぶりは恥ずかしい限りです。

さて、今日は久しぶり福岡県立ももち文化センターでの公演、よか芝居ばお観せすることが出来ると思っとります。

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博多中洲の夕暮れ

2026/08/26
【第2222回】

一昨日、「沼の中の淑女たち」無事に東京公演を終えることが出来ました。連日の超満員で役者さんたちもテンション上がりっぱなし、それにつられてお客様も笑いの連鎖、そして思わぬ展開、1時間40分があっという間に過ぎて、楽しそうなエンディング。初めて芝居を観る方もなんだか芝居の沼にハマりそうな6日間でした。

今回の公演中に、トムの芝居にも何度も出演していただいた斉藤とも子さんから一冊の本が贈られてきました。タイトルは「十六歳 父が残した命の手紙」、とも子さんのお父様が十六歳の時に、敗戦で逃げ惑う朝鮮半島での十か月近い避難生活を過ごした手記をもとにした話です。昭和二十年八月十日、ソ連軍の侵攻以降、学友や教師たちと命からがら逃げるさなかに出会った人たちとの交流、そして湧き上がる思いをポケットに忍ばせた手帳に記録したそうです。なかでも、嘗て朝鮮半島に侵攻し多くの朝鮮民族に酷いことをしたにもかかわらず、乞食同然の境遇であった避難民を自宅に招き優しくもてなした方のエピソードは胸迫るものがありました。そして彼はこう言った「君は、今は乞食となって恥を忍んでも、自己の生命を持続し、内地に帰って日本の再建に尽くそう、というような熱意を心のうちに持っているかね」と...昭和二十一年五月末に奇跡の帰国を果たした斎藤三郎さんは、患者さんの良き理解者であった医師として八十五才の人生を全うされました。

とも子さんは女優をやりながら、原爆被爆者との交流を通じて平和運動に並々ならぬ活動をされています。きっとお父様のこの貴重な体験があったからこその生き方ではないかと思います。

おいらも実は、引き揚げる母のお腹に命を宿していました。生前、母が語る壮絶な引き揚げ体験、昭和二十一年二月、博多に奇跡的に引き揚げ命を授かりました。母は口酸っぱく何度も口にしてました。「戦争は勝っても負けても悲惨...この世で絶対やってはいけないのが戦争」なのにいまだ止まない戦争、人間はどこまで愚かな生き物なんでしょうかね...

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この夏、最後のひと鳴き

2026/08/24
【第2221回】

一昨日の夜中に首都圏で震度4の地震、大きな揺れに一瞬、今日の芝居は中止か?なんて思っちゃいました。プロデューサー稼業は因果な仕事でございます。稽古、本番中は気が休まることがない。昨日でなんとか6ステージ終えることが出来ました。そして、いつものように一枚の葉書にびっしり書き込まれたO氏の感想文が速達で届きました

 

今回の再演、相変わらず冴えた演劇空間を創りあげる作・演出(田村孝裕)家だと今更ながら実感した次第です。3年前の初演の感想に「今を切り取る天才だ」と書いた気がします。「沼」というイメージをまた「推し」という現象を演劇の表現の中で見事に具体化してみせる手法に感心したからだと思います。再演はその想いはそのままに役者各位の存在そのものにまで踏み込んだ感を強く持ちました。時代のブームや流れを敏感に取り込むことは勿論すでに実証済みですが、舞台上の女優陣ひとりひとりの沼感や推し活動が実感できる展開だったように受け取りました。それはまた演じてる役柄の吟味と理解がこの芝居に関係する各位に深まっていることの証のようでもありました。実際、初演の感想は現実の流行を表現することに長けた舞台であったという思いが強くあったのですが、再演はその現実が登場人物ひとりひとりに如何なる生き様をするはめになっているのかを、じっくり語って聞かされた気になりました。芝居の現実の空間での虚構を紡ぎ出してみせる魅力が実に見事に目の前に繰り広げられる面白さにまた我を忘れ見入ったひとときでした。

 

今日が東京での公演の千秋楽です。最後まで無事終えることを祈るのみですね。

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昨日の終演後のトークショー

2026/08/21
【第2220回】

「沼の中の淑女たち」、昨日で2ステージ無事終えることが出来ました。初日はさすがに役者さんも緊張するのは当たり前でございます。どんな名優であろうとも人間なんですからね。その緊張と堅さも初日ならではの味わいがあります。芝居通の人は初日を観劇し、その芝居が好みであれば千秋楽を見届けて自分なりの評価をするといいますが、実際そこまでお気に入りの芝居がないのも事実です。なんでもありのこの時代、ナマモノの芝居にどれほどの価値を見いだせるのか?このあたりも当事者としてはなかなか悩ましいモノがあります。

この2日間、吉祥寺シアターに足を運んで頂いてるお客様、チョイと違うな?と思っています。実は、この吉祥寺シアターがオープンした2005年の開館公演は、トム・プロジェクトの「カラフト伯父さん」なんですよ。初代の支配人が、「混沌とした渦巻きある劇場空間を創出したい」ということでトムを指名してくれました。それから21年、地元に根ざした劇場として発展してきました。この2日間、都心で見かける客層と地元の方々がほどよく混ざり合いなんともいえない雰囲気を醸し出していました。

劇場を後にするお客様から「この芝居、何度見ても楽しめるね...又、観たい!」なんて声を掛けられるとプロデューサーとしては嬉しくなっちゃいます。息苦しい世の中ですから、せめてもの劇場に足を運んで頂き思い切り腹を抱えて笑うなり、共鳴するシーンがあれば心して感傷に浸って頂きたい...劇場は激情が渦巻く特権的な拠り所ですから。

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吉祥寺シアター

2026/08/19
【第2219回】

昨日は、今日から始まる「沼の中の淑女たち」の舞台稽古に行ってきました。武蔵野市にある吉祥寺はいつも住みたい地域のベストスリーに入る人気のエリアです。若者にも年寄りには優しい商店、レストラン、居酒屋が所狭しと建ち並んでいます。勿論、マイナーな映画を上映する映画館、話題の映画を並べるシネコンが存在するのも魅力です。新宿、渋谷、銀座に行かなくとも満足できるスポットがこれだけ揃っているので、いつも道行く人で溢れています。なかでも蔵元居酒屋「清瀧」はお薦めですね。埼玉にある清瀧酒造が経営している大衆酒場で、特筆すべきは純米辛口「伝」は最高、そして升のなかが溢れんばかりに注いでくれて、なんとお値段は¥380、こりゃしびれますばい。食べ物も新鮮な食材を手間暇かけて出してくれるのでたまりません。新宿にもあったのですが5年前に閉店してしまいました。池袋の本店は昔ながら、この土地に相応しい佇まいで営業しています。なんだか「清瀧」の回し者みたいになっちゃいましたが、こんな店がある限りまだまだ東京も大丈夫かなと思ってしまいます。ついでにもう一軒紹介しちゃいましょう。札幌に本店がある「串鳥」炭火で焼き上げる多彩な串に〆に食する釜飯、そして北あかりの芋も絶品です。ゆったりししたカウンターで飲む日本酒「富貴」なかなかいけますね。値段もなんと¥290...いつも安い酒ばっかり飲んでるみたいですが、最近、日本酒ブームにあやかってのぼったくり値段に呆れかえっていますので、この美味しい酒を良心的な値段で提供してるお店には敬意を表します。なんでんかんでん値上げが当たり前になっているこのご時世、庶民の味方の店舗は応援したくなるのは当たり前でございます。

ところで、肝心の舞台稽古の感想はと言いますと「面白いに決まってるでしょう!」でも、観たくてもチケット完売でごめんなさいね。

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昨日の舞台稽古

2026/08/17
【第2218回】

戦後81年、おいらも戦後と同時に時間を過ごしてきました。あの焼け野が原からよくぞここまで立ち直ってきたなと改めてこの民族の心根に感服する次第です。でも、決して忘れてならないことは、先の大戦においてこの国は被害者であると同時に加害者であるということ。8月15日の終戦記念日に、この国のリーダーが式辞で先の大戦でも「反省」という言葉がなかったことに危機感を覚えてしまいます。そして「戦争の惨禍を二度と繰り返さない」という文言も主体が曖昧な「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」に修正。「アジア諸国の人々に損害苦痛を与えた」などの表現も使わず「日本はインド太平洋の輝く灯台として頼りにされる国になれる」ことを強調しました。この女性リーダーは、先の大戦の質問に対して「私自身は当事者とは言えない世代だから、反省なんかしていないし、反省を求められるいわれもないと思う」と語ったそうだ。こんな所見を抱いた人がこの国のトップであることに驚愕するばかりだ。インド太平洋の輝く灯台なんて夢みたいな話である。過去の歴史に学ぼうとしない政治家が存在すること自体おかしな話である。次のリーダーと目されているお坊ちゃん防衛大臣の靖国神社を参拝する能天気な姿も十分に危ない気がする。太平洋戦争を行ったことに深い反省をする天皇陛下とこの方々とはえらい違いである。

確かにこの国の置かれた立場は厳しい気がしますが、資源のない小さな国土で安全且つ幸せに暮らす活路は外交に尽きると思う。非核三原則、平和憲法を武器にして立ち振る舞う政治家が出てきて欲しいのだが...これがなかなか難題であることが悲しい現実でございます。

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夏空を借景とせし百日紅

2026/08/12
【第2217回】

この夏は思わぬ気候変動で少々戸惑っています。昨日から今日にかけての台風もいつものコースを進むのを嫌がったのか突如関東を直撃。そんななか、夏の風物詩である高校野球も甲子園球場で日々熱戦が続いています。今大会で目立つのがクリクリ坊主頭でない学校が増えたこと。野球部と言えば昔から坊主頭が当たり前、おいら前から感じていたのですがなんでこのスタイルじゃいけないの?この姿を見る度に、戦時中の兵隊さんをイメージしちゃいますね。なかでも神風特攻隊、年若き少年、青年が特攻基地を飛び立つ様子、幹部は安全地帯にいながら厳しく教育した当時の軍部の愚かさにただただ怒りを覚えていた次第です。その軍隊式に似た俗に言う体育会系なるもの、昔から上下関係がはっきりしていてパワハラなんて日常的に行われてきました。おいらも中学校は野球部、高校は柔道部に所属していましたが、この理不尽な体制に反旗を翻し退部しました。根性?そんなもの他人の強制で培われてもなんもありがたくありません。頭越しに押しつける精神教育なんぞはクソ喰らえってわけで体育会系からアート系にチェンジした次第です。

甲子園で見る長髪姿の甲子園球児はなんとも新鮮で清々しい感じがします。坊主頭が前近代的に思えてしまいます。これからの時代、すべてにおいて己の自由なる発想からしか世の中は変えることができません。近い将来、大リーグでよく見かける個性的なヘアースタイルの選手なんぞが出てくるかも知れませんね...勿論、刺青は無いでしょう。そりゃ勝負事だから勝ちたいに決まっていますが、おいらはニコニコ楽しくプレーしている高校球児に親近感を感じます。

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台風前日の空

2026/08/10
【第2216回】

先週の土曜日は、久しぶりに上野に出かけました。トラッシュマスターズ第44回公演「TOKYO SLUM」を観劇。上野から入谷方面に10分ほど歩いたところに「上野ストアハウス」という小劇場があるんです。東京にはあちらこちらに雨後の筍のように小劇場が存在するのですが、この下町にオープンするのにはかなりの冒険だったと思います。この厳しい社会状況下において小さな芝居小屋に足を運んでくれる人達は減少しています。正直言って、制作する側も観る側もギリギリのところで現場を成立させている。

今回の芝居は、新宿に西口に集まる生活困窮者をテーマにした芝居。便利になった世の中で、どんなに働いても生活が楽にならない現実が日々報道されています。先日も夏のボーナスが平均100万なんて書かれていましたが、このお金を手にする人は大企業、官公庁の人達。日本の企業の99.7%が中小企業です。この人たちのなかでどれほどの人達が潤沢なボーナスをもらっているのか?介護、病気、子育て、離婚、失業などなど様々な問題を抱えながら死にものぐるいでなんとか社会の中で帳尻を合わせようとしてもなかなか追いつかない現状。そんな人達が大都会の片隅でひっそりと暮らしていますが、そこからもはみ出してホームレスにならざるを得ない現実。実際、今日も新宿の街には、この酷暑のなか日陰を求めて何人ものホームレスの人達を見かけます。寂しさを紛らわすため鳩に餌を与えくつろぐ人、前に空き缶を置きお金のカンパを待つ人、やる気もなくただ寝そべっている人などなど。

バブルがはじけた頃には、新宿西口の地下広場は職を失った人達の生活の場でした。時折、彼らを追い払うために来る都職員との壮絶な小競り合いも何度も目にしました。

今回の芝居を観ながら、フィクションである芝居が現実さえをも超えていく予感がしました。

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タカサゴユリ
花言葉~無垢、純粋~

2026/08/07
【第2215回】

昨日は広島に原爆が投下されて81年、いつものように平和記念式典が行われていました。

しかしながら、歳月を重ねるごとに世界は真逆の方向に突き進んでいます。唯一の被爆国の日本のメッセージは果たして世界の為政者に届いているのでしょうか?核軍縮の会議ではお互いに非難の応酬、共同声明も出せないほどの末期的症状。それに輪をかけたみたいにこの国のトップ、そして防衛大臣までが非核三原則に疑問を持つような発言。いつの間にか日本も核保有国になりましたなんてことも十分あり得る話です。

今年、97歳になる広島の被爆者の女性が、「今日のことは今日忘れるへろへろ婆でございますがね。原爆のことは忘れてしまいたいと思えば思うほど、はっきりと思い出すんですよ。やっぱり忘れてはいけないことなんだと気づくのに長い時間がかかりました」

平和記念公園は原爆が投下される前は広島有数の繁華街、大きな旅館や映画館があった場所。少女時代に原爆で亡くなった多くの友人と楽しい時間を過ごしたこの場所を歩くときは、いつも心の中で「ごめんね、踏んづけてごめんね」って謝りながら歩いているそうです。

今はもうすっかり変わり果てた広島の街並みを眺めながら彼女は短歌に綴りました。

「ひとたびは焼け滅びたる街を埋めビルの群れ建つ墓標かと思ふ」高いところから見下ろしたビルがお墓に見えたそうです。

明後日は、長崎原爆の日。7年前に訪れた「長崎原爆資料館」の被爆惨状の数々は今でも衝撃としておいらの記憶、記録として深く刻まれています。これからもひとりひとりが、決して諦めることなく平和に繋がる思いと行動を履行することこそが、亡くなった人達への責務だと思います。

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お空に浮かぶ綿菓子

2026/08/05
【第2214回】

いや、ここ数日は秋の気配すらする心地良い日が続いています。熊本の被災者の人たちと変わりたいくらいです。それにしても、この地震大国のケアの貧困さにはいつもながらガッカリしてしまいます。これだけ体験、経験しているのに事前に備えを怠っているとしか思えない。防衛予算が増大しているのに比べ、災害に対する意識があまりにも低すぎるこの国の政治、行政のシステムが露呈しているのに、いまだ鈍感な人たちに呆れかえっています。

村上春樹の新作「夏帆」読了。不可思議な感覚で、謎だらけ、そして恐ろしくすら感じるのに、今までの作品に比べ文章が読みやすく、一気呵成に読んでしまいました。無気味な気配を随所に挟みながら、読者の想像力を喚起させる手法は相変わらずだが、今回の作品ほどその想像力を揺さぶる範疇が広範囲でなんだか恐怖さえ感じてしまう。ファンタジーなのに、バイオレンス、その相反する領域を手玉にとる作者は、やはり只者ではない。精神の健康と不健康って何だろうなんてふと物語から個人的な思考に移行していくところも村上作品の魅力のひとつ。そして一体何を基準にして本当の事と幻想とを区別しているのだろう...
村上春樹は小説を書く時、あらすじなど考えないで書くそうです。即興に近いのでしょう。彼が音楽、特にジャズの愛好家であることから分かるような気がします。物語を描いている時、その描いている中で生を感じ取り、その景色を瞬時に垣間見ているのだと思います。まさしくジャズの演奏スタイル。ただの創作物ではなく、ある意味リアルな現実、その辺がこの作家が万人を魅了する所以なのかもしれませんね。

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ちびっ子盆踊り

2026/08/03
【第2213回】

先週の週末は、日本橋に出かけました。江戸時代から下町文化の中心地であり、今でも粋なお店が建ち並んでいます。小さな路地に紛れ込むとタイムスリップしたような感覚に襲われる瞬間があります。確かに、本や映像で見聞きする江戸下町の独特な雰囲気の趣がありますね。この日、日本橋社会教育会館で上演された朗読劇「私の下町―母の写真―」は内容もさることながら、この地に相応しい作品でした。昨年、亡くなられた劇作・演出家である福田善之さんの作品です。本人も日本橋で生まれ、おいらが上京した当時に観た「真田風雲録」「オッペケペ」「袴垂れはどこだ」は当時の政治の季節にマッチした斬新な庶民の革命劇でした。その後、春風ひとみ一人芝居「壁の中の妖精」はスペイン大好き人間だったおいらにとってはやられた!という衝撃的な作品でした。スペイン内戦当時、フランコ率いるファシズム一派に対し、徹底的に戦った人民戦線派である女性が壁の中に隠れながら過ごした記録劇。多種多様な人物を春風さんが一人で見事にこなしていました。おいらもプロデューサーとして企画したかった題材でした。

今回の朗読劇は春風さんが企画したもので、戦前、戦中、戦後に息づく庶民の姿を7人の俳優さんがリアルに演じていました。「空飛ぶドン・キホーテ」を終えたばかりの村井國夫さんも物語の進行役としての重要な役を淡々と、しかも説得力ある語りはさすがでした。

観劇後、やはりこの日本橋で一杯やらなきゃ治まらないでしょうということで「人形町寅次郎」に入店。暖簾をくぐり味わいのある座敷に案内され、久しぶりにドジョウ鍋をつつきながらのほろ酔い加減の締めの一日でございました。

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日本橋の一日