トムプロジェクト

2025/09/12
【第2084回】

昨日は下北沢ザ・スズナリで渡辺哲ひとり芝居「カクエイはかく語りき」を観劇。この作品は水谷龍二作・演出で初演は2006年。2018年に再演し7年振りの再々演である。今年75歳になった哲さんの渾身の演技、初演も拝見したのですがメリハリがつき、田中角栄という稀代の政治家の人間性がより鮮明に表現されていたと思います。哲さんはトムの芝居にも3回ほど出演していただきました。あの独特の風貌と、東京工業大学工学部を中退しシェイクスピア劇団を旗揚げしシェイクスピア劇37作品に参加という異色の経歴。黒澤明監督の「乱」で映画デビュー、その後、映画、テレビ、舞台と数々の作品で個性あふれる演技で独自の位置を確立。181cmの大柄な体格で柔道2段、強面ながら笑顔がとってもチャーミングなんです。あの笑顔を見せられるとすべてが許される気にさせてくれるんですから...これも役者にとって大きな武器だと思います。

2011年にトムで上演した渡辺哲ひとり芝居「校長失格」では哲さんの故郷、愛知県常滑市でも公演しました。幼馴染、友人、知人が大挙押し寄せ満杯のホールでの哲さんの精魂込めた芝居は今でも忘れることが出来ません。役者である前に、一人の人間としてどれだけ信頼され愛されているかを目のあたりにした時間でもありました。

この日の角栄の語りの途中に雷鳴が轟き、効果音にしてはおかしいなと思いきや、劇場の外はとてつもない豪雨、久しぶりにびしょ濡れになってしまいました。劇場に入るまではいつものカンカン照り...この時代ホンマに一寸先は予測不能でございます。

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テツかく語りき

2025/09/10
【第2083回】

昨日は、相模原演劇鑑賞会主催による「鬼灯町鬼灯通り三丁目」を観てきました。それにしても小田急線沿線の街は皆再開発で大型複合施設が建ち並び、都内に出かけなくともすべて賄えるのではないかという発展振りです。ショッピング、食事、娯楽施設、それはそれは立派な店ばかりです。新しい建造物ばかりで、新宿が霞んでしまうほどのモダンシティといったところかな。

昨日公演した相模原南市民ホールはキャパ400人のホールで、東京公演に比べて舞台も広く鬼灯が咲き誇る舞台がより鮮やかになっていました。明りも映え、役者の動きもより大胆に伸びやかに演じていました。5日ぶりの舞台ではあったのですが、さすがプロの役者、また一段と上質な芝居になっていました。ホールを後にするお客様の満足気な表情を目のあたりにするたびに、芝居をこよなく愛する人たちに感謝すると同時に、次回も喜んで頂ける作品を届けねばと気が引き締まる思いでした。

それにしても、相模原演劇鑑賞会は事務局長を筆頭になんとか演劇人口を増やそうと日夜奮闘している姿にただただ頭が下がる思いです。芝居を観てくださる人達があってこそ30年間芝居を継続することが出来たトム・プロジェクトでございます。

今回の芝居、9月20日(土)山梨県富士吉田市ふじさんホールでの公演を残すのみとなりましたが、この先どこかで必ず上演される作品だと信じています。

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鑑賞会手作りのれん

2025/09/08
【第2082回】

辺見庸「入り江の幻影」、小川洋子「サイレントシンガー」読了。硬派の辺見さん、相変わらず強靭な精神力、そして不自由な身体で軽佻浮薄なこの時代に強いメッセージを綴っています。しかしながら、どこか地球滅亡に向かっている現況にほぼ諦めの思念さえ感じます。そして、もう一度ニンゲンとしての原点に立ち返って、やり直す、考え直すしか再生の道はないと問いかけています。

小川さんの6年振りの400枚の長編作。どこの国なのか、どの時代なのか、全編を通じて不安のなかで物語は進行していくのだが、何故か安らぎを覚える展開に作者の文学として成立させたい思いを感じる。話の中に詩的なるもの、音楽のもたらす効果を巧みに差し挟みながら最後まで読ませる才能に改めて感心いたしました。

日本人の本離れが急速に進んでいます。大学生1日当たりの読書0分が4割を超えるなんて数字が出ています。読書時間ランキング、日本は世界で29位。多くの学生がスマホでニュースサイトをみたり、友人と情報交換したり、ライン、ツイッター、フェイスブックとにらめっこ状態。確実に、この国の未来に赤信号が点滅していること間違いなしです。

おいらの住む地域でも41年間営業していた本屋さんが閉店しました。このお店は大型書店とは一味違って、埋もれた出版社の名著を店頭コーナーに集め独自の商いを続けていました。最後のお別れの言葉が「街の本屋では食べていけない...」そんな時代になったことに危機感を感じます。

本を読むことによって、真の豊かさを獲得することの意義をもう一度考え実行してみませんか皆の衆。

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おつかれさまでした

2025/09/05
【第2081回】

「鬼灯町鬼灯通り三丁目」東京公演、昨日無事千秋楽を終えることが出来ました。しかも連日満員、初日一か月前からチケットがほぼ売り切れ状態での公演でした。

東京は本日台風の影響で朝から土砂降りです。芝居の神様はちゃんと観てるんですね。今回の公演に関わったキャスト、スタッフの行い、そしてなによりもこの芝居を成功させたいという思いがいかに強固であったか...芝居も一つの固まりにならないとなかなか上手くいきません。少しの気のゆるみが全体に波及し、スカスカの芝居になることも多々あります。お客様の目は節穴ではありませんし綻びは許してくれません。この猛暑の中、劇場に足を運んでくれた人達をいかに楽しませ満喫させるかが勝負です。

昨日のお客さんがこんな言葉をおいらに掛けてきました。「あなた一睡もさせてくれなかったじゃないの!わたし最近観る芝居ことごとく寝てました...芝居って面白いものなんだね、ありがとう。」嬉しいじゃありませんか。お客を寝させない芝居創り、これが本道ですね。

千秋楽を終えた役者さん、皆いい顔してました。あれだけ観客にうけりゃ手ごたえを実感できること間違いなし。優れた戯曲、的確な演出、それを咀嚼し役を生きる役者。これが揃えばまさしく万人が納得する演劇。

今回の芝居、9月9日(火)神奈川県相模原市、9月20日(土)山梨県富士吉田市で上演されます。見逃した方は是非ご覧になってくださいね。

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赤坂・草月ホール玄関

2025/09/03
【第2080回】

「鬼灯町鬼灯通り三丁目」も残すところ2ステージとなりました。一枚の葉書が速達で劇場に届きました。

 

初演の印象が忘れられない芝居がありますが、この演目はまさにそれです。しかも役者総入れ替えで15年ぶりにまた出会えるとは。伝えようとすることは勿論同じです。しかし観る側の変化と会うべきタイミングの変わりようでこうも話への没入度が違うのかと今更ながら芝居という生き物の凄さを目のあたりにした感があります。役者各位の熱量の高さにその感はますます後押しされました。実に生きているのです。当時の社会の匂いが今の時代に。

すぐ隣にいる人の人生を覗き見しているような生々しさと後ろめたさ。舞台に関わった人全員の作品への共感がこの芝居を成立させています。それにそれぞれの登場人物が愛おしい実在感を持っているので好感度は尚更です。戦後80年でこんな状態を知っている生きてる人も数少なになったことでしょう。だから風化して当然の出来事のはずなのにこの現実味。35度超えの外気に触れた瞬間、自分の心はもっと暑い中に居ることに気付きました。

 

様々なお客様が、それぞれの人生を重ねながら、しばし劇場のなかで走馬燈のように駆け巡っているんでしょう。そして、芝居小屋は良い意味でのかどわかしの場であるかもしれませんね。

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O氏からの便り

2025/09/01
【第2079回】

8月29日に幕を開けた「鬼灯町鬼灯通り三丁目」、昨日で3ステージ無事に終えることが出来ました。初日はさすがに役者さんは緊張しますね。稽古で積み上げたものを初めてお客様の前に晒し、どんな反応が返ってくるのか表現者としてはとても気になるところです。でも、演出家との丁々発止の時間は間違いではなかったことを証明してくれました。2日目は初日の感覚をものにした4人の息のあった演技で、初っぱなから笑いの連続、テンポ良く最後まで観客の集中力を切らすことなく見事な芝居を創りあげてくれました。昨日は、2日目の舞台を踏襲しながらも違う切り口で役者が楽しんで居る姿を観ることができました。

芝居は生きものです。毎日観ていると、新しい発見があり前日とは違う作品なのでは?なんてこともあります。そして観客によって育てられていることもよく分かります。お客さんが直に受け取った感情はそのまま演者にストレートに伝わり次のアクションのヒントになります。長い稽古時間で仕込んだ作品を、観客と共に熟成させより味わい深いものにしていく過程こそが演劇の醍醐味です。

とはいえ、そんな作品ばかりでないことも確かです。大枚はたいて時間を拘束され、芝居途中からお金と時間返してくれ!なんて芝居があるのも事実です。だからこそ命を掛けるぐらいの気概で現場を維持しないと長続きはしないと思っています。

今日から9月、というのにこの猛暑。そんななか劇場に足を運んで下さるお客様にせめてもの一服の清涼剤になって下さればと残りのステージ、キャスト、スタッフ共々精魂込めて務めさせていただきます。

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赤坂・高橋是清翁記念公園にて

2025/08/29
【第2078回】

京王井の頭線内でのある風景です。おいらの前の優先席には品の良い80歳くらいの叔母ちゃまが座っていました。足下には帽子が転がっていました。そのうち気づくだろうと黙って見てましたが、次の駅で帽子に目をくれることもなく降りてしまいました。そして矢継ぎ早に乗ってきたおっちゃんがその帽子を足で蹴飛ばしてドア近くに寄せました。そして次の駅、ドアが開き数人の人が邪魔になる帽子を無視して乗り降りしていました。誰にも相手にされることなく転がる帽子、おいらさすがに可哀想と思い網棚に置こうとしたところ、幼児を抱えた若いお母さんが素早く拾い上げ網棚に載せてくれました。ああ無情!いたいけな帽子になんの感情も感じない多くの人達に、この時代が形成してきた情の薄さを感じた次第。でも、若い母親の一瞬の行動を見るにつけまだまだ未来は捨てたもんじゃないとも思えました。

分かりますよ!この30年、一向に生活は改善されず、世界では目に余る惨事が日々報道され、気分は晴れず、他人に対する優しさまで手が廻りませんなんて悲鳴が聞こえてきます。でも、こうやってなんとか平和を保ち生活できているんですから...

今日から「鬼灯町鬼灯通り三丁目」が始まります。この芝居の中には人に対する熱いほどの情愛が脈々と綴られています。人を愛する気持ちが希薄になったときに戦争が始まります。

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薄暮

2025/08/27
【第2077回】

昨日は明後日初日を迎える「鬼灯町鬼灯通り三丁目」の最終稽古に立ち会いました。いやいや、キャストの皆さん、この猛暑の中、なかなか上質な作品に仕上げてくれたなと思いました。芝居の基本は何と言ってもチームワークです。相手があって成立する産物ですから阿吽の呼吸が合わないとなかなかうまくいきません。一人卓越した役者が居てもどうにもならないのが芝居の世界です。きちんとコミュニケーションができてこそ会話も成立し、そこからお互いの心理戦へとより密度の濃い世界へと進行していきます。

その様を日々観ながら演出する人によって作品も大きく左右されます。今回の作・演出の東憲司さんは、役者の良さを引き出す名手。おいらもいろんな演出家と一緒に仕事をしてきましたが、東さんは役者を上手く乗せながらもきっちりと自分の世界を構築して作品を創り上げるタイプだと思います。役者さんも一癖二癖あるのは当然ですが、そこをどう上手く調教していくかコンダクターとしての手腕を問われるところですね。

稽古場がある錦糸町、稽古があるたびに随分と足を運んでいるのですが下町でありながら味わいのあるお店があちらこちらに点在しています。新鮮な羊肉を提供する店も予約しないと入れない盛況ぶり、粋なママが仕切る和食店、稽古場のすぐ前にある焼き鳥屋、その先には錦糸町らしくないイタリヤレストランなど、そして極めつけは飲みものとセット800円で提供している中華屋さん2軒、近くにすみだパークスタジオがあり、稽古帰りのスタッフ役者さんにとってもリーズナブルな価格なので稽古帰りにちょいと一杯!こんな場でまた一つ良いアイデアが生まれるかも知れませんね。

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下町のシンボル

2025/08/25
【第2076回】

この異常な暑さに耐えかねて、おいらは日傘を購入しました。これまではハットでなんとか凌いでいたのですが、いやはや命の危険さえ感じる地球になっちゃいました。いざ傘をさしてみると快適です。お歳を召した方には是非実行に移されてはと老婆心ながらご意見いたします。大の男が?なんて時代はもはや通用いたしません、予測不能な時代に突入しましたのでとにかく己を守ることに徹してくださいませ。

先週は「入国審査」鑑賞。これも予測不能な出来事を描いた映画。アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケスという二人が共同脚本・共同監督のスペイン映画。撮影14日間、制作費1000万弱、77分ワンシチュエーションという非常にコンパクトな作品だが、内縁関係の男女と入国審査官の息詰まるやりとりが最後までハラハラドキドキの連続。おいらもいろんな国に行った際、入国審査の現場に立ち会い様々な人種のやり取りを目にしましたが、この映画を観て改めてある種の恐さを感じた次第です。権力を笠にプライベートな事情まで詮索し、2人の信頼関係を引き裂いた入管のやり方は非人道的だ、という主張を読み取ることもできるし、人生の途上で政情不安なベネズエラ人に対し徹底的に追いつめる現トランプ政権の移民に対する嫌がらせともとれる取り調べ。観客の視点で言えば、話が進むにつれ各登場人物の見え方、信頼度のようなものが変わってゆくサスペンス的な流れが面白い。感傷的な音楽を流すこともなく、工事音、足音などのノイズが登場人物の心理と相まって効果抜群。この作品は演劇的な映画、審査官とカップルの会話が命、改めて台詞の大切さを感じさせてくれる作品でした。

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サンゴジュ

2025/08/22
【第2075回】

来週の8月29日(金)から始まる「鬼灯町鬼灯通り三丁目」の稽古場に顔を出してきました。連日の猛暑の中、役者さんたちも疲れが溜まっているのではと心配しつつ出かけたのですが、そんな心配も吹き飛ばすくらいの活気あふれる稽古場でした。この芝居の初演が2008年ですから、はや17年になります。東憲司さんに作、演出を依頼して2作目の作品でした。キャストも秋野暢子、川島なお美、六角精児、冨樫真という斬新な顔ぶれだったと思います。この演目は、戯曲がしっかりしているので役者さんが変わっても良い芝居になると思っていました。その後、キャストを変えて再演、そして今回が再々演となります。

戦争が生み出した悲喜劇の物語。今年戦後80年ということで、今まで門外不出の出来事が数々露出されました。戦争体験者も高齢化し、これまではあまりにもおぞましい事件であり口に出すのを憚れていたのですが、さすがに伝えていかねば死にきれないと戦争のない世界を希求しながらの発言だったと思います。

今日も戦禍で多くの命が失われています。先日、戦争犯罪者と会ったばかりのトランプは早速、「侵略国を攻撃せずに戦争に勝つのは非常に難しい」と投稿しました。この男の発言に一喜一憂されている世界の予測不能な状況にただただ呆れるばかりです。

こんな中、せめてもの演劇に携わるものとして芝居を通して反戦の姿勢を示したい。その思いが伝わったのか、今回の芝居、9月1日(月)14時の追加公演のチケットが若干残っているのみとなりました。

無事初日を迎え、来年、再来年に繋がる芝居にしたいと思っています。

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この先が平和でありますように

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